8.着物を着て入れる風呂の要望
ある時乳ガンの方が、温泉に入るとき傷を見られたくない、見せたくないということから傷を隠すために手拭いをかけて浴槽に入ったのです。所が、常連さん達から「手拭いを掛けて入ってはいけない」と書いてあるでしょう、字が読めないのかと罵声を浴びせられ、癌でショックを受けていたのにさらに罵声を浴びせられ、何とも言えぬ心境で妻に、着物を着て入れる風呂を何とか作って下さいと言って帰られたと聞きました。
その方は私の中学校の恩師でもあり、卒業後も大変お世話になっている方でした。でもいくら言われても温泉に着物を着てはいれる風呂、これは出来ません。又、私が夜遅く温泉に入りに行くと、常連さん達がまだ帰らずにおられ、浴槽の縁に腰掛け世間話をしていました。
私も仲間入りして話しに花を咲かせていると、静かに入り口の戸が開きました。見ると全身アトピーの青年でした。顔は吹き出物でいっぱい血が吹き出しています。全身同じ状態でした。私は「アトピーはうつらない」と念じていましたが、青年は私の脇を通って浴槽に入りました。そのとき私の身体は自然と横に倒していたのです。私は悪いことをしたと思いました。帰りに青年はフロントにいた妻に「社長に着物を着て入れる風呂を作ってくれるように頼んで下さい」と言って帰られたと聞き、私は本当に悪いことをした、何とかしなければという責任感にとらわれました。
そこで簡単な方法はもう一つ風呂を増やすこと、これならばすぐにでも出来ると言うことで計画を立てました。ところが朝起きようとすると「人を差別することになる、作ってはならない」という声が聞こえました。そこですぐに社員達に話し、増設は中止することにしました。
9.岩磐浴場開湯(やわらぎ岩磐浴場)
第一岩磐と呼びます。
自宅前の山を28メーターほど切り下げ、平成元年に影山組の事務所を新築しました。その後現場に必要な土砂を削り取り、請負現場に運びました。それから8年が経過しました。
ところが、ある朝早く切り土した中段の所に不思議に苔が生えているのが目にとまりました。不思議に思いやわらぎの湯には放射線探知機があるので、早速苔のはえているところに探知機を当てて見ると、なんと自然放射線の4倍のラジウム放射線を感知したのです。私はこれで皆さんの望んでいる着物を着て入れる浴場が出来ると確信をしたのです。
そこで早速このことを社員に話すと社員達は「社長またかい」と言ってそっぽを向き、係長が話しを始めた。「社長いま町の人達は影山組の事なんと言っているのか分からないのですか。建築屋が風呂を作って金儲けをしていると言われ我々肩身が狭い思いをしているんです。わからないんですか」と言われ、社員達に迷惑かけてまで着物を着て入れる風呂を作ることもないと断念してしまいました。
次の日の朝、起きる寸前に又声が聞こえた。「山を削り取れ。そして着物を着て入る風呂」という。私は困ってしまいました。でも一応社員に話しをしてみましたが取り合ってくれず、仕方なく自分でやるしかないとバックホーにまたがり掘削を始めました。
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| 社員達もみかねて手伝うことになりましたが、おもしろくないので一向に仕事ははかどらない。これでは3ケ月かかるのではないかと思いました。そして大型重機を入れて3日目の時、土の色が真っ白になったと報告を受け、4日目の時土の色が黄色に変わったと報告を受けました。 |
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●現在の第一岩磐浴場 |
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ここは火山帯ではありません。なぜ火山灰のような白、そして黄色に変色していくのか不思議に思いながら放射線探知機を持参し、山に登りました。放射線探知機で測定すると自然放射線の4倍から5倍の数値が全般的に確認され社員達にも数値を確認させ、「これで大勢の人を救うことが出来る。今年の社員旅行はシンガポール」と言いました。社員は「社長ほんとですか」と言いました。
大勢の人を救うことが出来るのだから、今年の旅行はシンガポールと大声で言いました。社員達は夢に見ていた外国、シンガポール、そして、大勢の人に喜んで頂く事の出来る喜び、そして笑顔、さらに希望。それから社員達は一身不乱に頑張り、半月で予定の高さまで切り下げました。その間、岩磐は全般的に赤茶色・緑の帯状コバルトブルーの石黄色、そして白色とまばらであったが、五色の色で構成されていて、全般的に放射線が放出していました。
鉱石が長い年月を掛けて放射線をあびているとハロ現象を起こし変色するとある文献に書いてありました。岩磐浴場の放射線量については、現場に放射線探知機を直接入れて測定し、写真にて紹介させていただきます。
ここで考えられることは、人間は夢と希望を持つと自分の持っている力以上の力を発揮することが出来るという事を教えられたのです。
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